医療・介護の長期展望から見えるもの(2024年6月)

医療・介護の長期展望から見えるもの
どんなシナリオにも対応できるレジリエンスが不可欠

先月には、財務省の春の建議が提示され、今月の「骨太の方針」の策定に向けて議論が加速しています。
4月の経済財政諮問会議では、内閣府から「中長期的に持続可能な経済社会の検討に向けて」と題した試算結果が発表されています。
この長期試算は、2060年までの日本経済の姿と、それを踏まえた財政・社会保障の姿を具体化することが目的です。
2060年までの日本の経済成長について、①現状投影シナリオ、②長期安定シナリオ、③成長実現シナリオ、という3つのシナリオが提示されました。

現状投影シナリオは、2030年代後半以降のTFP(全要素生産性)上昇率を0.5%とし、労働参加が一定程度進み出生率が1.36(国立社会保障・人口問題研究所の「将来推計人口」(2023年推計)の出生中位)まで上昇すると仮定したシナリオです。
 このシナリオでは、「就業者数が将来減少することにより経済成長率も低下する」という影響が支配的になり、2040年代以降は、日本経済の実質成長率は、ほぼゼロとなります。

出典:「経済財政諮問会議」(2024年4月2日)資料を改変

長期安定シナリオは、2030年代後半以降のTFP上昇率を1.1%とし、労働参加が大きく進展し、出生率が1.64(「将来推計人口」(2023年推計)の出生高位)まで上昇すると仮定したシナリオです。
このシナリオでは、現状投影シナリオと比べて、技術進歩と労働参加の進展により成長率が押し上げられます。加えて、出生数の増加がさらに成長率を押し上げ、2030年代以降実質成長率は1.1~1.3%で推移するとしています。

成長実現シナリオは、2030年代後半以降のTFP上昇率を1.4%とし、労働参加は長期安定シナリオと同じく大きく進展し、出生率が1.8(政府が掲げる希望出生率)まで上昇すると仮定したシナリオです。
このシナリオは、長期安定シナリオと比べて、技術進歩による成長率の押し上げ、さらには出生数の増加により、2030年代以降実質成長率は1.5~1.7%で推移するというものです。

財政収支の行方は、税収と財政支出の動向によりますが、社会保障費が最大の費目であるころは言をまちません。
とりわけ、その増加が大きいと見込まれるのが医療と介護です。
経済成長と医療・介護費の関係を見ると、経済成長率が高いときには、それだけ賃金も上昇するため、医療・介護従事者の賃金を増やす分だけ医療・介護費が増えることになります。
ただ、経済成長率が高ければ、医療・介護従事者以外の所得も大きく増加するため、所得に比した負担率は緩やかにしか高まりません。
逆に、経済成長率が低ければ、賃金の増加が抑えられ、医療・介護費はさほど増えませんが、所得が低迷するために、負担率は高まることになります。

長期安定シナリオに沿って。技術進歩と労働参加が促され、やや高めの出生率が実現することで、実質成長率が1%超となり、医療と介護の改革が着実に進めば、大規模な増税をしなくても、日本の財政は持続可能である、というのが政府のメッセージです。

額面通り受け取れば、先行きは暗くないとも言えますが、それには、出生率1.64、1.2%の実質成長率というハードルをクリアしなければなりません。
そのための施策として明示されているのは「DX活⽤等による給付の適正化・効率化」「地域の実情に応じた医療・介護提供体制の構築」「応能負担の徹底を通じた現役・⾼齢世代にわたる給付・負担構造の⾒直し」などです。

ここで理解しなくてはならないのは、「複雑で曖昧で変動し、不確実」が恒常的になるVUCA(ブーカ)と呼ばれる時代には、予測や計画という単一の未来予測が立てられなくなっているのです。
起こる可能性のある複数の未来を描き出していくのがシナリオの持つ本来の意味で、こうあってほしいという願望や理想を前提とするものではありません。
将来の不確実性に着目し、未来に起こりえる環境変化の「シナリオ」を想定し、そのインパクトの分析を通じて戦略仮説を構築するプロセスとして捉えることが必要です。
どのようなシナリオが実現するのかではなく、どのようなシナリオが出現しても、それにどう対応していくのか、私たちに求められているのはそうしたレジリエンスです。

株式会社 ウエルビー代表取締役 青木正人

1955年富山県生まれ。

1978年神戸大学経営学部経営学科卒業。

大手出版社の書籍編集者を経て、出版社・予備校・学習塾を経営、その後介護福祉士養成校・特別養護老人ホームを設立・運営する。自治体公募の高齢者・障害者・保育の公設民営複合福祉施設設立のコンペティションに応募し当選。 2000年有限会社ウエルビー(2002年に株式会社に改組)を設立し、代表取締役に就任。

この記事が気に入ったら
いいねしてね!

  • URLをコピーしました!
目次