「賃金二極化」の正体(2026年4月)
「賃金二極化」の正体
公定価格に縛られる介護職のリアル
2026年度がいよいよスタートしました。
今春は、多くの企業で過去最高水準の賃上げ回答が相次ぎ、労働市場はまさに「令和の賃金インフレ」とも言える活況を呈しています。しかし、その内実を詳しく見ていくと、職種によって驚くほどの「格差」が生じていることが分かります。
2024年の物流・建設業界における「2024年問題」から2年。2026年の今、建設、物流、製造といった現場を担うブルーカラーの価値は、かつてないほど高まっています。日本経済新聞(2026年2月21日付)等の報道によると、今春の労使交渉では、大手ゼネコンや物流・自動車メーカーを中心に、5%〜7.5%という歴史的な賃上げが続出しました。一部の高度技能を持つ現場職では、年収が1,000万円の大台に乗るケースも珍しくありません。この背景には、単なる人手不足だけでなく、「現場のDX化」があります。重機をリモート操作し、ドローンやAIを使いこなす「デジタル技能職」への需要が爆発しており、市場原理によって賃金が押し上げられているのです。この背景には、単なる人手不足だけでなく、「現場のDX化」があります。重機をリモート操作し、ドローンやAIを使いこなす「デジタル技能職」への需要が爆発しており、市場原理によって賃金が押し上げられているのです。

一方で、私たちの社会を根底で支える介護職の現状はどうでしょうか。
リクルートワークス研究所の調査(2026年発表)によれば、他産業が市場の需給に応じて賃金を柔軟に引き上げているのに対し、介護・福祉分野の上昇率は、全産業平均の半分以下に留まっています。なぜ、これほどまでに差が開いてしまうのでしょうか。そこには「市場原理」と「公定価格」の壁があります。
物流や建設業界では、人件費や燃料費の上昇分を「運賃」や「建築費」に転嫁することが可能です。これを「価格転嫁」と呼びます。しかし、介護現場の収入は国が定める「介護報酬」によって決定されます。事業所が勝手にサービス価格を上げることはできず、3年に一度の報酬改定を待つしかありません。
2026年時点の試算では、技能系ブルーカラーの平均年収が前年比で約30万〜50万円増加しているのに対し、介護職は「処遇改善加算」などの公的な上乗せがあっても、伸び幅は数万円程度に留まっています。物価上昇率を加味した「実質賃金」で見ると、他産業がプラスに転じる中で、介護職は相対的に「苦境」に立たされているのが現実です。この「賃金の二極化」がもたらす最大の懸念は、致命的な人材流出です。
「人のケアをしたい」という志を持った若者が、生活のために、より高い賃金が約束される物流や建設、あるいはサービス業へと流れてしまう現象が加速しています。
私たちが直面しているのは、以下のパラドックスです。
- モノを動かす・作る仕事: 市場競争により、正当(あるいはそれ以上)の対価が支払われる。
- 人を支える仕事: 公的な枠組みにより、市場価値が反映されにくく、低賃金に据え置かれる。
もし、このまま「ケアの価値」が過小評価され続ければ、2030年を待たずして、日本の介護インフラは維持不能に陥るでしょう。2026年度、私たちは単なる「補助金による穴埋め」ではない、本質的な議論を始めなければなりません。
具体的には、以下の3つの視点が必要です。
- 介護報酬体系の柔軟化: 物価や他産業の賃金動向に連動する「スライド制」の導入検討。
- テクノロジーによる「付加価値」の創出: 介護現場のDXを推進し、人間にしかできない「感情労働」の密度を高め、その価値を定量化すること。
- 社会的なコスト意識の変革: 「安価なケア」が当然という認識を改め、社会全体でそのコストを分かち合う合意形成。
新年度、新しい生活が始まるこの時期だからこそ、私たちは「誰に支えられて生きているのか」を再認識する必要があります。
ブルーカラーの賃金が上がること自体は、日本のデフレ脱却において素晴らしいニュースです。しかし、その光の影に、制度の制約によって「取り残される現場」があることを忘れてはなりません。
株式会社 ウエルビー代表取締役 青木正人
1955年富山県生まれ。
1978年神戸大学経営学部経営学科卒業。
大手出版社の書籍編集者を経て、出版社・予備校・学習塾を経営、その後介護福祉士養成校・特別養護老人ホームを設立・運営する。自治体公募の高齢者・障害者・保育の公設民営複合福祉施設設立のコンペティションに応募し当選。 2000年有限会社ウエルビー(2002年に株式会社に改組)を設立し、代表取締役に就任。


