2020年12月号
PDCAのスピードは介護に不向き!?
現場では観察-状況判断-意思決定-行動
2021年度介護報酬改定に向けて最終盤を迎えている介護給付費分科会の議論において、「介護現場の革新」が最重要課題の一つとして取り上げられています。
その柱は、「介護人材確保対策」と「生産性向上」の2点です。
厚生労働省が生産性の向上を介護報酬改定のテーマとして設定したのは、前回2015年度改正からで、「介護分野における生産性向上協議会」の立ち上げや「介護サービス事業所の生産性の向上のためのガイドライン」の作成に取り組んできました。
同ガイドラインはたいへんな労作ですが、その改善活動プロセスは図のような構造からなっており、「Plan(計画)→Do(改善)→Check(評価)→Action(課題・計画の練り直し)を繰り返し行うことが、PDCAサイクルを回すことです。何度も繰り返しPDCAサイクルを回すことで、継続的に改善活動に取り組みましょう」と記されています。
【生産性向上に向けた改善活動の標準的なステップ】
ケアマネジメントプロセスにおいて典型的に見られるように、介護事業はPDCAサイクルをその基本構造として構築されてきました。
しかしこの20年間、PDCA サイクルが定着したという手ごたえはありません。
その原因は、どこにあるのでしょうか。
元来、PDCAサイクルは、製造業における生産技術の品質管理で使われてきた継続的改善の手法です。
それが、わが国では介護事業をはじめとするサービス業においても広く流布されるようになりました。
こうした傾向は、PDCAの生みの親であるエドワーズ・デミング(William Edwards Deming)博士の母国の米国では稀なことです。
まず計画を立て(Plan)、それに沿って実行(Do)、評価(Check)を行っていくというプロセスは、製造業のように、あらかじめ何を実行すべきかが明確な分野ではたいへん有効です。
評価の際も、注目すべきポイントが分かりやすいため分析が容易になり、品質の管理・改善(Action)につながるという利点があります。
一方、介護事業などサービス業においては、状況があいまいな状況で計画立て、実行し、その評価を行ってから改善に取り組むというプロセスを踏むと、どうしても改善の結果が反映されるまで時間がかかってしまいます。
また改善策が的確ではなかった場合には、新しい計画の作成が必要になるため、PDCAサイクル何周分かを回すための時間がさらに加わってしまうことになります。
それに対して、実際の介護現場では、サービス提供者が利用者の事前情報や経験に基づいて、その日の状況を観察し、即座に取るべき行動を判断し、実行します。
それに齟齬があれば、間を置かずに修正を加えていきます。
こうした違いを勘案すれば、間を置かず提供されるサービス提供とそれに即応した質の改善が要求される介護事業にはPDCAサイクルが不向きなのは自明です。
介護サービスのように、状況が常に変化するため事前の予想が困難で、現場で最善の判断を下し即座に行動を起こすというスピード感が要求される意思決定の場面では、PDCAサイクルではなく「OODAループ」(ウーダ・ループ)と呼ばれるフレームワークが有効だと思われます。
状況を見なが ら未来を予測し、それに基いて今後の行動を決定して実行するという一連の行動を、このループを繰り返し回すことによって行う手法のことを言います。
こうしたアジリティ(agility:機敏性)が重要な介護提供の現場においては、いくら「PDCAサイクルを意識しなさい」と言われても、ピンとくるはずはありません。
経験豊かな介護職員ほど、PDCAサイクルになじめないのには、実はこのような要因があるからです。
ものづくり大国のわが国では、製造業の生産工程がサービス業のサービスプロセスに勝っているという神話が存在しているようです。
サービス業、介護事業の特性とその発展度合を正確に認識しなくては、現場革新の成功は覚束ないでしょう。
※ OODAループとケアを高める具体的な内容は、2020年度版『介護経営白書』の青木の論考「ウィズコロナ、ポストコロナの介護事業経営―ケアの質を高める組織モデルの考察」をご覧ください。
株式会社ウエルビー
代表取締役 青木正人