危機的状況の訪問介護にどう対応する(2023年10月号)
危機的状況の訪問介護にどう対応する
今こそ国民的議論を
介護保険の在宅3本柱の一つが大きく揺らいでいます。
東京商工リサーチが公表した「訪問介護事業者の倒産動向調査」によると、2023年1-8月の倒産は44件(前年同期30件)と、前年同期の約1.5倍に達し、調査を開始した2000年以降の同期間では、過去最多を更新しています。
同社によると、「コロナ禍で進んだ深刻なヘルパー不足に加え、燃料代や介護用品など最近の物価高が重くのしかかる一方、コロナ関連支援も効果が薄れてきた」ことが原因で、「このペースで推移すると、年間で過去最多だった2019年の58件を大幅に上回る可能性も出てきた」としています。
2024年度介護報酬改定に向けて、審議が続いている社会保障審議会介護介護給付費分科会でも、多くの委員から大きな懸念が表明されています。
とりわけ、訪問介護員の人手不足が極めて深刻です。
2022年度時点の有効求人倍率15.53倍にも上り、人手不足を理由にサービス提供を断るケースも非常に多いことも分科会で報告されました。
加えて、スタッフの高齢化(介護職全体の平均年齢50.0歳、65歳以上割合14.6%に対し、訪問介護は平均年齢は54.4歳、65歳以上割合は24.4%)が進んでおり、より効果的な人材確保対策が必要とされています。
これまでのところ対策として示されているのは、訪問や通所系サービスなど複数の在宅サービスを組み合わせて提供する新たな複合型サービスの創設です。
訪問介護員の不足を、通所系サービスの従業者で補いたいという意図は分かります。
しかし、審議会では、期待の声が出ている一方で、「必要性を感じない。既存サービスの規制緩和を先行させてはどうか」「今でも制度が複雑だと言われているのに、屋上屋を重ねて更に複雑化させるのは反対」「複合サービスを推進するのであれば、将来の目指すべき姿などを明確にしていくべき」など慎重論が相次ぎました。
多くの委員が、先を見据えた抜本的な対策とはいえないと感じているからでしょう。
課題は、訪問介護だけにかっぎたことではありません。
ここは、審議会の枠を取り払った、構想やビジョンの構築が必要だということです。
10月20日付の日本経済新聞の「経済教室」で、嶋田博子・京都大学教授は、政策形成への官僚の関わり方を、次のように6つに分類しています。
○1960年代までの日本の官僚は、政党政治に左右されず国家全体の利益を追求する「国士型」であり、自律性が高かった
○自民党政権が長期化した70年代からは各省と族議員と関係業界が結びつき、官僚は族議員の支援下で活発な政策形成活動を行う。自律性はやや下がるが、政策関与度は引き続き高い「調整型」
○2014年の改革は、官僚の政策関与度は保ったまま各省の自律性をなくすことを目指すもので、従属型あるいは「家臣型」
○公務員批判が強まった90年代以降、政治に与えられた課業だけ行おうとする「吏員型」が出現
○官僚の役割を政策執行に限る米国流の「分離型」は、政治家の十分な政策立案能力が前提
筆者は政治主導下でのあるべき官僚像は、首相に従属する家臣型でも、政策関与を回避する吏員型でもない。固有の役割を貫くための自律性は確保しつつ政治に対し自らが担うべき領域をわきまえる「誠実型」だと述べています。
まさにその通りだと感じます。
さらに重要なのは「国民にも官僚を自分たちの一員として支える辛抱強さが求められる」という指摘です。
2000年の介護保険制度が望まれて誕生したのは、政治や官僚だけの力ではなく、国民が自分事としてコミットしたからに他なりません。
国民的な議論の高まりこそが望まれます。
株式会社 ウエルビー代表取締役 青木正人
1955年富山県生まれ。
1978年神戸大学経営学部経営学科卒業。
大手出版社の書籍編集者を経て、出版社・予備校・学習塾を経営、その後介護福祉士養成校・特別養護老人ホームを設立・運営する。自治体公募の高齢者・障害者・保育の公設民営複合福祉施設設立のコンペティションに応募し当選。 2000年有限会社ウエルビー(2002年に株式会社に改組)を設立し、代表取締役に就任。