厚生労働白書を読んで (2022年11月号)
要素還元主義的分析で課題は解決できるか!?
厚生労働白書を読んで
厚生労働省が先ごろ公表した『2022年版厚生労働白書』のテーマは「社会保障を支える人材の確保」です。
現役世代が急速に減少する人口構造の変化を受け、社会保障を支える各職種の人材確保について分析しています。
取り上げているのは、医師、歯科医師、看護師、薬剤師、理学療法士・作業療法士、管理栄栄養士、介護分野の職員、障害保健福祉分野の職員、保育人材、放課後児童クラブ職員、行政機関の保健福祉担当職員という10の個別職種・分野です。
これまでの取組みを分析するとともに、今後の人材確保の方向性について提言しています。
第1部第1章「社会保障を支える人材を取り巻く状況」では、職種ごとに具体的なこれまでの取り組みの成果を紹介しています。
医療・福祉分野の就業者数は、約20年間で410万人増加し2021年現在891万人と、就業者のおよそ8人に1人が医療・福祉分野で就業している計算です。
しかし 、今後20年間で20~64歳人口は約1,400万人減少する見込みで、 経済成長と労働参加が進むケースでも、2040年には医療・福祉分野の就業者数が96万人不足すると推計しています。
今後、現役世代人口が急減するなかで、女性、高齢者等をはじめとした一層の労働参加が不可欠で、社会保障の担い手である医療・福祉分野には、より多様な人材を確保することが必要となると指摘しています。
こうした分析は、白書だけあって多岐にわたって精緻なものとなっています。
では、人材確保の今後の方向性についてはどうでしょうか。
【厚生労働白書の人材不足対策の構造】
第1部第2章に「担い手不足の克服に向けて」という項目を設けて
(1)処遇の改善
(2)医療・福祉現場のサービス提供の効率化と労働環境の改善
(3)地域や診療科の偏在対策
(4)医療法人・社会福祉法人の多事業経営・法人間連携
(5)地域共生社会の取組み
の5つの施策を示しています。
このうち(2)医療・福祉現場のサービス提供の効率化と労働環境の改善では、「組織マネジメント改革」と「タスク・シフト/シェアの取組みやロボット・AI・ICTの活用」という2つのポイントを掲げています。
前者では、サービス提供の効率化と労働環境の改善のためには現場での組織マネジメント改革が必要不可欠であること、後者では、タスク・シフト/シェアによってサービス提供の効率性を高め労働環境を改善し、ロボット・AI・ICTは人材育成や業務効率化、安全性の向上に寄与するとしています。
また(4)医療法人・社会福祉法人の多事業経営・法人間連携では、地域医療連携推進法人制度および社会福祉連携推進法人制度の活用による規模の利益を活かした医療法人、社会福祉法人の経営改革を指摘しています。
こうした施策は、2019年の「2040年を展望した社会保障・働き方改革本部」により提言された「医療・福祉サービス改革プラン」を踏襲したものです。
【線形の因果関係と有機的な相互関係】
私の感想はといえば、「期待薄」というのが正直なところです。
どうも、厚生労働省はじめ政府の役人には、旧態依然のマネジメント観が染みついているように思えてなりません。
DX化やタスクシフティング、大規模化が生産性の向上に結びついて人材不足を解消する、という原因と結果が単純に線形で結びつくという考え方から脱却できていないようです。
彼らの根本には「どんなに複雑なものごとも、それを構成する要素に分解し、その個別の要素が理解できれば、元の複雑なものごと全体の性質や振る舞いがすべて理解できる」とする考え方が根づいています。
かつて科学的思考の王道であった「要素還元主義」と呼ばれる思考方法です。
要素還元主義の本質は分析にあります。
現在では、「すべての要素は、ほかのすべての要素と有機的につながりあっており、相互に作用しあっている」という「システム思考」や「社会構成主義」と呼ばれる考え方が世界的な潮流になりつつあります。
とりわけ心と身体や生活を対象とする医療や福祉の世界においては、要素還元主義的な対症療法では根本的な解決はおぼつかない、という事実が肌感覚として染みついています。
分析的思考に優れた行政官のみなさんには、ぜひこれまでの枠組みから一歩踏み出す勇気をもっていただいたいと思っています。
株式会社 ウエルビー代表取締役 青木正人
1955年富山県生まれ。
1978年神戸大学経営学部経営学科卒業。
大手出版社の書籍編集者を経て、出版社・予備校・学習塾を経営、その後介護福祉士養成校・特別養護老人ホームを設立・運営する。自治体公募の高齢者・障害者・保育の公設民営複合福祉施設設立のコンペティションに応募し当選。 2000年有限会社ウエルビー(2002年に株式会社に改組)を設立し、代表取締役に就任。